新しい保育園、民営化、待機児童ゼロ

 

市民の目線、納税者の視点で、市役所の仕事やお金の使い方を見直し、財源をつくりだし、市民の困りごとを、できるだけ多く解決したい。改革を、あきらめない。下田けんごです。

 

今回お伝えするのは、下田けんごの「497人定員増やし待機児童ゼロ」、についてです。

 

「市の保育園を建て替えるのは50年かかる」、その伝説の議会答弁がでたのは12年前。

 

そこから社会福祉法人の新しい保育園を呼びこみ、

市の古くて耐震性のない保育園は一部統合して建て替え、

一部は民営化することで建て替え。

 

社会福祉法人の保育園は建設費も毎年の運営費も補助金があるので、

そこで浮かせた財源で、すべての古い保育園の地震対策工事を行い、

市の保育士の給料を40万円増やしました。

 

タブレットも導入して保育士の負担軽減を行いました。

 

 

そして2023年4月1日、

 

君津市はひさしぶりの待機児童ゼロを達成しました。

 

貞元グランドには、久保、上湯江、常代保育園、3つの園と、

 

君津中学校前の子育て支援センターを合わせた

「みふねの里保育園」が13億円かけて完成します。

 

子育ての拠点になる少しオシャレな、

素晴らしい保育園になる予定です。

 

清和地区でも旧秋元小学校跡の複合施設の中に、

清和こども園が完成します。

 

まさに君津市の保育園、

子育て新時代といったところです。

 

 

一方で下田けんごは、市の保育士の甥っ子なのに、

「保育園民営化をすすめた裏切り者」として、

 

現役の保育士さんからはあまりよく思われていません。

 

そのあたりもふくめて、解説していきます。

 

 

保育園というのは、政治家の政策において、

とてもむずかしい側面があります。

 

共働きが当たり前の今、

保育園のない子育てなど想像つくでしょうか。

 

保育園の数が足りなかったり、

保育士が集まらなかったりすることで、

 

保育園に入りたくても入れない

待機児童も社会問題になりました。

 

ですので、市長選挙や県知事選挙などで

「待機児童ゼロ」を掲げる候補が多くなっています。

 

 

一方で、君津市の場合、

保育園はあまり光が当てられてきませんでした。

 

小中学校であればPTAがあり、

市議会議員も入学式や卒業式に出席します。

 

ですので、比較的様々な人の目も届くので、

壊れた個所があれば要望が上がるので直っていきます。

 

しかし保育園はそうではありません。

 

保護者会はあっても、

小中学校のPTAほどは活動できません。

来賓がいくことも少ない。

 

さらに保育士さんたちの立場も

市の職員の労働組合の中で書記長をやったりすることもありません。

 

課長や部長になることもほとんどないので、

市役所内での立場もあまり強くありません。

 

さらには、保護者の皆さんにお話を聞いて驚いたのは、

選挙にあまり行っていないのです。

 

共働きで子育てにも忙しい、

なので、選挙にも行けない。

 

ということは、政治の側も

これまで保育園への力の入れ方が想像つきます。

 

どの地域でも待機児童がなかなか減らないのは

こうした理由もあると、私は思っています。

 

そうした中で、発見したのがこの柱です。

 

 

園児や保育士のいる建物を守る柱が錆びて壊れていました。

 

そして何とかすべき、と指摘すると、

なんとビニールテープを貼ってしのいだのです。

 

※現在は建て替えて新しい保育園になっています。

  

 

これはないだろう、そう思い、

 

保育園をライフワークにしようと思いました。

 

選挙での評価にはきっと繋がらないけど、

これは責任もってやろう、

 

そう思いました。

 

東日本大震災をNHK時代に経験したこともあります。

 

命が失われるような公共施設は放置してはいけない。

 

まさか、いつか、

大地震や大規模災害のために自分の責任として取り組むと決めました。

 

もう一つは小原玲子、わたしの父の姉が保育士だったからです。

 

もうなくなってしまい、さみしいですが、

 

保育士のおいっことして、

おばさんの後輩たちのために頑張ろう、そういう思いでした。

 

 

 

調べていくと、市の保育園の予算はギリギリでした。

 

お遊戯会の出し物の衣装も使いまわすほどに。

 

そしてぼろぼろのトイレ、設備。

 

人件費もギリギリまで抑えられ、

パート保育士を大量に頼んでいました。

 

さらにその人たちを優先して休ませるために、

園長や主任が休みも取れない。

 

建て替えの予定もないし、修繕もできない、

本当にそんな状況でした。

 

 

 

こうなった理由は小泉純一郎さんが決めた

保育園の一般財源化という決定です。

 

今も学校は建て替えするのも、

人件費も半分が国の負担と決められています。

 

なので、学校の耐震化も、

その後の修繕も、きちんと行うことができました。

 

保育園も昔はそうでした。

結構新しい市の保育園が以前は建てられましたよね。

 

 

しかし一般財源化ということなので、

 

同じ額が国からは来るという説明でしたが、

 

一緒の財布に入るので、

高齢者や医療介護などもあるので、

 

実際は保育園に使える予算がほとんどなかったのです。

 

特に君津市は日鉄の税収が多いので、

国の交付税をもらわない年もあり、

 

そうなると、さらに厳しい状況でした。

 

それなのに、

 

言い切ってしまいますが、

だれも手を打ちませんでした。

 

 

 

たぶん、誰の選挙にも関わらないからです。

 

園児も保護者も選挙に行けない(いかない?)し、

政治家との接点もないので。

 

これはまずい、

問題提起をしたのが初めての質問です。

 

 

一番の本丸として、

 

小中学校を急いで耐震診断して、補強工事をしているのに、

 

保育園は耐震性がないまま、放置されている。

 

という点で質問しました。

 

命をどうするのかと。

 

 

 

引用ここから

 

◆下田けんご) 私が直接保育園の先生に聞いたところ、古いとは知っていたが大地震のときの危険性があるということは知らなかった、そういうふうにおっしゃっています。

今、おっしゃられた難しさの一つが公立保育園の建てかえに関しては、一切国が補助金を出さないということであります。補助率はゼロ%。

 

建てかえるに当たっては、例えば神門保育園で3億円かかっていますが、そのすべてを市で負担しなければいけない、その難しさがある、そういうことも、そして財政状況も厳しいですから後回しになっていると。後回しになったというのはちょっと私の表現ですが、そういうこともあると思います。

 

ですが、本当にこれで大地震が来たら子供たちの命はだれが守るんですか。

 

子供たちは自分たちの手で保育園を建てかえることはできないし、予算もつけられないんですよ。

 

私たちやそして市役所の皆さんが一体となって予算をつくって建てかえなければ、子供たちの命は守れない。それは多くの災害が証明しているではありませんか。

 

例えば、今おっしゃっていた中の厳しさの一つに、補助率の問題はあると思います。最初の1次質問への答弁であったように、小中学校では3分の2が国の補助でやれます。ですからほぼメーンの教室に当たっては100%完了する予定が決まっています。

 

ですが、その状況は2004年に国が保育園の財源を特定財源から一般財源にした時点でもう既にわかっていた。

 

心配して質問する各議員に対して、計画的に整備していきます、次期まちづくり計画に盛り込んでいきます、そういうふうに盛り込んでいきたいと思っていますというふうに答弁されていましたが、まちづくり計画での過去の保育園の整備について調べてみました。

 

すると、小櫃保育園、神門保育園、2園建てかえるのに10年かかっています。おっしゃるようなまちづくり計画へ盛り込んで、そして計画的に整備していくという形であれば、

 

11園改築するには50年以上かかるんじゃありませんか。お答えください。

 

◎担当部長)私どもとしましても、建てかえが一歩でも前進するように取り組んでおります。建てかえにはやはり先ほども申し上げましたが、地元との話し合いも必要となりますので大変難しい問題も出てきます。そういった点はご理解をお願いしたいと思います。

 

あと、11園を一どきに建てかえるということは、これは難しいという点は議員も理解していらっしゃると思いますけれども、また計画的に私どもも実施しております。神門保育園建てかえ、それもしかりでございます。

 

今後とも計画的に一歩でも前進するように取り組んでいきたいと、園児の安全を確保してまいりたいと、そのような気持ちでおります。

 

◆下田けんご) 1点お聞きしたいのですが、精いっぱいやってまちづくり計画に盛り込んで、そして順次やっていったとして50年かかるかも知れないという私の意見がありますが、それに対して見解をお聞きします。50年かかりますか。

 

◎担当部長) 物理的にはそういうことになろうかと思いますが、その間に修繕等も当然今まで実施してきました。その安全性を確保するために実施してきましたので、これからもそういう修繕等を実施しながら園児の安全を確保してまいります。

 

◆下田けんご) 本気で事実を言わないと、現実は変えていけないと私は思います。多くの議員が心配して質問することに関して、改修、改築をして修繕を重ねているというふうに言いますが、それは例えばペンキを塗ることであったり、ガラスを交換したりすることがメインではないですか。

 

耐震補強につながるようなものは、中保育園の耐震診断をしただけで実際には行われていないんですよ。

それなのに50年かかるかもしれないという現状を、方針を出さずにそのままにして修繕、改築で安全を保っていきますというのは、それは本当のことですか。事実じゃないと思います、私は。

 

だれが一体責任を持ってこの保育園を安全にしていくのですか。

 

安全でない状況も保護者に伝えていないし、改築するのにも50年かかるというのをこのまま認めるわけにはいかないのですが。もう一度答弁を求めます。

 

◎担当部長) 統合ということも視野に入れた中で建てかえをしてまいります。また、大規模修繕等も実施してまいりたいと考えておりますので、確かに50年ということになろうかと思いますが、私どもも議員と気持ちは同じです。

 

園児の安全を確保していきたいという気持ちは同じですので、そこら辺は本市の財政状況等、議員にご理解をお願いします。気持ちは議員と同じです。

 

引用ここまで

 

 

 

議事録を読むだけでも、

 

緊張感と私の若さゆえの無礼さが伝わってきて、

 

なんとも、恥ずかしいですが、

 

このような激しいやりとりからスタートしました。

 

 

この答弁の後、保育園の予算が動き始めました。

 

 

まず市の亀山保育園と松丘地区のあけぼの保育園を

統合して建て替えることができました。

 

建設に向かう途中で、ある幹部の方は言いました。

 

「ほんとに松丘で下田議員は良いのですか?」

 

つまりは、下田の議会質問から動き出した予算なのに、

 

地元の周南地区の宮下保育園や常代保育園の建て替えを

求めなくて良いのか、という心配でした。

 

私はこのあたりから、覚悟を決めていました。

 

というのは、

 

建て替える必要がある市の保育園が11園ある。

 

私立は君津保育園さんだけでした。

 

社会福祉法人であれば、建設費用が出るので、

いくつかを君津保育園さんにやっていただく

ということも考えましたが、それは難しそうでした。

 

 

そうなると、民間を呼んでくる、

 

そして、財政的にも13園が市の保育園、

1園が私立という状況では建て替えもできないし、

 

予算がどんどんきつくなるのは目に見えていました。

 

民営化を進めて、

 

浮かせたお金で、

 

市立の建て替え、保育士待遇、

保育環境の充実をやろう、

 

そんな風に思っていました。

 

 

そういう中で、

私が地元の保育園建て替えを求めれば、

 

「あんなに激しく質問していたのは

じぶんのとこの保育園を建て替えさせるためだった」

 

と思われてしまいます。

 

それでは今後の長い保育園政策の信頼に関わります。

 

 

私は「全然気にしないでください、市として

一番やらなきゃいけない保育園を建て替えてください」と話し、

 

松丘に君津市として初めての統合保育園、

かずさあけぼの保育園ができました。

 

(その後、過疎が急速に進んだため、その保育園では園児が少なく、苦労しているようです。

市街地の保育園建て替えれば良かったかな、とも少し思いますが一つの判断でした。

かずさあけぼの保育園では今度、移住者やワーケーション方向けの一時保育もやるそうです)

 

 

そして、次が民営化。

 

今でも下田けんごの評判がわるい理由のひとつでもありますが、

これに取り組みました。

 

まずは社会福祉法人探しから始まりました。

 

君津市にとって初めての民営化。

 

運営が始まってすぐトラブルがあるようでは、

民営化自体の信頼を崩してしまいます。

 

同じ民間の中でも、できるだけ良い事業者に応募してもらう必要があります。

 

職員には、千葉県、あるいは関東など、

できるだけ多くの保育園を運営する社会福祉法人に手紙を送るなど、

「営業」をがんばるように励ましました。

 

さらに口だけではだめなので、

自分や知り合いの議員の縁のある社会福祉法人のアポを取って、

一緒にお願いに回ったりもしました。

 

その後、いわゆる「保育園担当議員」として政策を担えたのも

この時の熱意を知る職員さんがいるからかもしれません。

 

 

例えばこんなやり取りがありました。

 

下田「社会福祉法人への誘いの手紙何件送りましたか?」

 

職員「県内20通くらいです」

 

下田「じゃあ、関東まで広げれば、50通くらいになるかな?やってみようよ!」

 

職員「はあ・・・」

 

そして、初めての民営化は地元の宮下保育園にしました。

 

自分自身も卒園し、

 

保育士のおばさんやその仲間の皆様も

思い入れのある保育園です。

 

非難や議論があるかもしれないからこそ、

それを自分自身が職員とともに引き受ける覚悟を持とうと思いました。

 

市独自の補助金は5000万円。

 

当時木更津市の補助はたしか1000万円だったので、

かなり破格の金額でした。

 

初めての民営化で失敗できないこと。

 

もう一つは「営業」での厳しい体験からでした。

 

データで見れば君津市は人口減少都市であり、

子どもの数も減っていく。

 

さらに市の保育園もものすごく数が多い。

 

そうした中で進出したいという事業者は多くありませんでした。

いやほとんどいなかった。

 

なので、多めの補助金が必要だと考えました。

 

5000万円の根拠は

 

出産のできる産婦人科がなかった君津市が過去、

館山市のファミール産院を誘致するのに用意した補助金が

2500万円×2回の5000万円でした。

 

それを参考にさせていただきました。

 

 

その後、公募したところ、

2者の応募があり、

 

最終的にどろんこ会さんに決定。

 

今では人気の保育園になっています。

 

しかし当時は、議会質問で民営化に反対したり、

 

地元説明会で繰り返し質問したりして事業者を困らせる方もいました。

 

労働組合の方から「保育園民営化」という言葉に反応して

呼び出されたりしたこともありました。

 

今はなにもなかったようになっていますが。

 

 

というわけで、初めての民営化は成功し、

 

入園希望者を見ても、施設の充実を見ても、

 

良い面が多いことは明らかでした。

 

 

このあたりで職員の方とは、

 

これから、どのように保育園を統合し、民営化していくか、

議論を交わしたものです。

 

わら半紙に手書きのメモ。

 

懐かしいです。

 

このころ、来年開園する、久保保育園、上湯江保育園、常代保育園を合わせた、

みふねの里保育園の構想案ができていました。

 

ひとつひとつ建て替えても間に合わないので、統合しよう。

 

跡地を売って資金にしよう。

 

みんなで案を考えていました。

 

 

また、当時保育園を担当する保健福祉部でなく、

 

企画部の方で強力に

保育園の民営化をすすめる方もいてくださいました。

 

「市街地はすべて民間にする」

という強い方針で取り組んでくださいました。

 

その方がいたから、結果的にここまできた、

そう話すOBもいらっしゃいます。

 

市から強い民営化の方針は出たものの、

どの園から民営化するのかが難しい状況でした。

 

どの園が民営化しやすいのか、

 

あるいはどの園なら社会福祉法人が応募してくれるのかがわからなかった。

 

さらに、宮下保育園の公募でも応募が少なかったので、

 

本当に進出する法人があるのか、という心配もありました。

 

 

そこで下田けんごが提案したのが、

「場所を指定しない公募」という仕組みでした。

 

 

土地も進出する法人が探してくる、

 

どの規模の保育園にするかも相手に任せる。

 

市としては5000万円の補助だけを準備すればよい、

 

そういう政策でした。

 

公募をすれば、進出希望する社会福祉法人が

どのような人たちなのかわかる、

 

という情報収集の側面もありました。

 

つながりができたら、

ほかの園の民営化にもつなげられるはず、

そういう狙いでした。

 

しかし幹部は、かなり厳しい反応でした。

 

行政の公募はある程度、

応募事業者が想定できるものが多いのです。

 

全くあてもなく、公募する、

というのが行政の文化にはあまりないのです。

 

わかりやすく言うと、

 

予算付けました、

公募しました、

応募ありませんでした、

予算余りました、

 

そんなことはできない、

そういう反応でした。

 

ここは、本当に説得で、

 

民営化したいといっても、

 

今、どんな法人が来てくれるのか、

 

何の情報もないのだから、

 

何か手を打ちましょう。

 

建設まで行けばそれが一番いいし、

 

それが無理でも、

 

進出する気が少しはある法人との縁ができる。

 

最後は、

 

では一園だけ、という感じで

 

場所を指定しない

社会福祉法人の保育園の公募が始まったのです。

 

 

すると、なんと4者の応募があり、

 

土地も建物も、資金計画もあるのだから、

 

1園にこだわることないよね、

 

と3つの保育園が一気にできました。

 

北子安のミニストップのうらのアイアイ保育園さん、

 

イオンスタイル君津近くのタイケン保育園さん、

 

杢師のスクルドエンジェル保育園さん。

 

いずれも良い保育園です。

 

ここでわかったのです。

 

5000万円という

君津市独自の補助があるという情報が、

いろんなところに広がっているのを。

 

少しペースを調整しながら、

市の南子安保育園は印西市の社会福祉法人によって、

コスモスの丘南子安保育園になり、

 

市の内箕輪保育園は、どろんこ会の2園目、

内箕輪どろんこ保育園として生まれ変わりました。

 

ここまでくると、本当に

下田けんごは民営化の鬼であり、

市の保育士さんから

あまり好かれていない理由もわかる気がします☆

 

 

しかし、本来やりたかったのはここから、

 

これまで100%

市が保育園の財源をまかなっていたところから、

 

建設費も、運営費も、国の補助が出るようになり、

少しずつ次の政策を打てる余地が生まれてきたのです。

 

石井市長の理解も得て、

すべての木造保育園に地震対策工事も行いました。

 

熱が出ても預けられる病児病後児保育もつくりました。

 

さらに昔13の保育園で300万しかなかった修繕費を

2000万円まで増額しました。

 

これもすべての園から要望する修繕箇所をあげてもらい、

そのすべてを予算化して、修理しました。

 

最後は修繕予算が極端に減ったので、どうして?と聞くと、

「もう直すところがありません」。

 

そこまでやりました。

 

さらには保育士さんへの給料への加算は

5000円の予定を4倍の2万円にしました。

 

パート保育士の時給も改善し、

年額で40万円増やしました。

 

民間保育園では補助金でタブレットを購入できるので、

それを使って保育日誌や登園管理をデジタル化して負担軽減しています。

 

職員と相談して、補助金はありませんが、

市の保育士のためにタブレットを購入しました。

 

 

そして、今度の13億円の新しい保育園、

みふねの里保育園ができるまでになったのです。

 

その建設費を用意できて、

 

さらに保育園にお金をかけることが、

君津市役所の当たり前になった、

 

そのことがとても嬉しいです。

 

これまで取り組みで増えた保育園は12か所、

 

かけたお金は15億円。

 

増やせた保育園の定員が497人、ということになります。 

 

 

市の保育園、呼び込んだ社会福祉法人の保育園、

 

 

 

どちらに通う子どもも、上に描いたような物語は知りません。

 

 

 

その保護者さんもきっと知りません。

 

 

 

でも、それで良いと思っています。

 

 

 

 

 

「うちの保育園古いなぁ」と思っていた保護者も、

 

子どもが小学校に上がったあとに、

 

建て替えを望むことはないでしょう。

 

 

 

高校生の保護者が、

 

保育園を気にすることもない。

 

 

 

保育園は共働きの家族の支えですが、

 

忙しい彼らに、その建て替え運動はできない。

 

 

 

それもしかたがないこと。

 

 

 

補助金がない事業は、

 

どうしてもあとまわしになる、

 

 

 

それも仕方がない面もあります。

 

 

 

 

 

そこをなんとかしたい!

 

 

 

気持ちだけで取り組んできて、

 

今のようになって、

 

素晴らしい保育園があって、本当に感謝です。

 

 

 

いまはいない、

 

保育園とはなんたるかを教えてくれた

 

保育士だった玲子おばさんにも感謝。

 

 

 

今も支えてくれる保育士OBのみなさんにも感謝。

 

 

 

これからも子育てがしやすい、君津市のためにがんばります。

 

 

 

 

 

市民の目線で、納税者の立場で、

 

市役所の仕事やお金の使い方を見直し、

 

財源を作り出して、

 

できるだけ多くの市民の困りごとを解決することで、

 

市民の幸せを増やしていく。

 

 

 

下田けんごの改革を、あきらめない。

 

ぜひ応援してください!